事務局主事 挨拶/会員の声/コラムの詳細ページ

浄土宗西山深草派 総本山誓願寺


 

文字サイズの変更

会員の声/コラム

よくある質問

厳選リンク集

 

 



 


 

事務局主事 挨拶

 

謹啓

 

時下、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。平素より当青年会の運営、並びに諸活動に対しまして、ご理解とご協力を賜り、厚く御礼申し上げます。


私たちの心は常に六道をグルグルと回っています。熊本大地震のように多くのものを失い絶望に打ちひしがれる心(地獄)。他人が持っているものが欲しくてうらやましく思う心(餓鬼)。他を思いやる事のできない心(畜生)。自分の思い通りにならず怒れる心(修羅)。かと言えば、他を慈しむ心(人間)。美味しいものを食べたり温泉に入ったり夢心地のような天人の世界。様々な世界が私たちの心の中で常にグルグルと輪廻しています。


私たちは大きな苦しみがあるとその苦しみに心を囚われてしまいます。そして心が苦しみに囚われて離れないと、この現実世界も地獄や餓鬼、修羅の苦しみの世界となって表れます。私たちは自分の心を通してでしかこの現実世界を見ることができません。その見る心が変われば現実というこの世界も変わってしまいます。『心が変われば世界も変わる。』仏教では当たり前のように言われる言葉です。ですから苦しい事も心持ちしだいで苦しみでは無くなる。『病は気から。』『気の持ちよう。』と世間では軽く言いますが。しかし実際には、私たちは一度苦しみに囚われた心を解放するのは容易なことではありません。


慈悲深い阿弥陀如来の存在。仏は私たちの苦しみに囚われた心を解放して解脱に導いてくれます。手を合わせる。念仏を称える。法要を観る。お経を読む。お説教を聞く。お坊さんに悩みを相談しに行く。これらの事はすべて、人の意識の中に仏が姿を現すキッカケになる事なのではないでしょうか。そして慈悲深い仏が人の心に出現する。心の中で仏と対話する。自分の苦しみを仏に分かってもらえたと感じる。仏と自分が結ばれた思える。その結びこそが人の苦しみを癒す。今の私はそう考えます。


残念ながら今の世の中、仏教には期待しても私たち僧侶に期待している世間の人はほとんどいないと聞きます。そんな厳しい状況ですが、私たち僧侶が何ができるのか。何を学ばなければならないのかを会員の皆様方と語り合い考えて行けたらと思います。


合掌



事務局幹事 岡田覚成

 


 

事務局主事 挨拶の画像


 

 

 

前へ


 

Tweet 


前の画面に戻る